福岡市大名に位置する松村ビルで2008年から行われてきた建物再生プロジェクト「紺屋2023プロジェクト」。その最終企画が「未来の雑居ビルの未来」と題して2021年4月から始まった。2023年までの二年間、三人のディレクターが、三つの部屋をそれぞれに表現の場として開いていくという企画で、筆者はディレクターの一人である後小路雅弘先生が結成したグループ「とかげ一座」の一員として、関わらせていただいた。二年間で四つの展覧会を行うシリーズ企画で、タイトルを「シリーズ木霊」と名付けた。空となる建物にまつわる記憶が、四つの展覧会で木霊するイメージを重ねている。
シリーズ最初の展覧会として、アーティストの牛島光太郎を迎え「牛島光太郎―はなしのあとのはなし」展を開催した。会期終了間近の8月28日、アーティスト・トークを行ったので、その記録を抜粋してここに残したい。
最初は、部屋が話しているようなイメージを持っていた
長尾:展覧会会場である401号室は、元々「紺屋ステイ」という、アーティスト等の滞在に使われてきた部屋であり、食器やベッド、家具や家電などがありました。今回はそれらを残した状態で展覧会を行いました。作品は物と音声を組み合わせたものです。部屋の中に五つのスピーカーを設置し、そこからそれぞれ違う音声を流しています。音声については大名についていろいろな人にインタビューしたものと、大名の街頭で録音した音を、牛島さんが編集したものです。素材となった音声はすべて福岡に住んでいるスタッフが収集しました。
また、実際に牛島さんが大名で拾った「落とし物」が部屋の中に配されています。拾った物と言葉を組み合わせるという手法は、牛島さんの過去の作品でもよく登場する定番の手法ですが、これまで言葉は文字として、刺繍やカッティングシートで提示されてきましたが、音声という形で提示した点が新しい試みだったと思います。音を使った作品にするという方向性は、この展覧会をオファーした時に最初に決めたことでしたが、こういう風に音を使ってみようと考えるに至ったきっかけから、まずはお話しして頂けたらと思います。
牛島:いつも拾ったものとか誰かにもらったものとかそういうものと、ぼくが刺繍したりして、言葉を物質にするようなことでやっていたのですが、二年程前からですかね、音と光を作品に使えるなと思いました。
ちょっと昔のことになるのですが、2003年に初めて活動した頃に、言葉をやっていこうと思っていて、音と光はやめておこうと思い、物質でずっとやっていくのですが、ある時に「これは面白いな。使っても良かろう」と思うことがありました。そのもやもや、もやもやというかやりたい、でもやるきっかけというか、踏ん切りがつかないっていうような時に、このお話がきました。
長尾:作品の提案を聞いて最初に頭に浮かんだのが、三年くらい前に京都で開催された『アンキャッチャブル・ストーリー』という展覧会の図録に牛島さんが書いていた文章でした。自分の車のラジオの音が途切れたり別の番組が混じるのが面白いというようなことを書いていらっしゃいましたが、そのイメージがすごく私はありました。
牛島:そのころからですね、音っていうのは。この企画の最初は、部屋が話しているようなイメージを持っていました。何か部屋とか大名のプロジェクトが終わってビルが近い将来なくなるというような前提で作品を考えてやり始めたので、このビルとか、大名とか、部屋の記憶のようなものがしゃべっているみたいなイメージで、音の作品をつくろうかなと決めました。
実際にやったことは、ぼくがいま愛媛県の松山市にいて、大名でインタビューできないので、使う素材はとかげ一座の皆さんに集めて頂く。いろんな人が大名にまつわる話をしているインタビューと、街の音の二つに分けて提供してもらったんですよね。
長尾:この展覧会のための最初の打ち合わせをしたのが二月の頭くらいで、その後、さっそく音を収集する作業に移り、三月の末頃に展示をすることになりました。初期の段階で考えていたことの一つに、コロナのため人が移動できないという状況下でどのように作品制作や展覧会ができるだろうかということがありました。展覧会の会期も四月から八月までと長かったので、最初に完成形で出すのではなく、会期の間に少しずつ作品が増えていくようなものにしました。開幕後もインタビューをさらに採り続け、牛島さんがものすごく骨を折って、試行錯誤して作ってらっしゃって。最初に作ったものと後から作り足したもので少し質が違ったように感じたのですが、その過程でどんな試行錯誤があったのでしょうか。
話している人の背景にあるものを想像できるような作品にしたい
牛島:音を使うのが本当に初めてだったので、まずはみなさんがインタビューしてくれたものを聞きこむことから始めて、これがすごい不思議な体験でした、大名のことについて話しているぼくの知らない人の話を何度も聞くっていう、すごく不思議な体験でした。それは普通こういう場合って作家がインタビューするんですよね。なのでその人となりをぼくはある程度把握した上でその作品を作れるんですが、インタビューをしたのがそもそもぼくではない、大名にぼくはあまり深いかかわりがないっていうので、とても新鮮な。「誰が話しているのかな」「この話している人や答えている人はどんな人なのかな」っていうのを想像しながら聞く楽しさっていうのがまずありました。で最初にやったのは、ここの作品には出していないんですけど、実はすごく強引な物語を作って、なんか小説というか。今の作品は意味のない日本語の羅列みたいなことになるんですけど、最初は文章もちゃんとなっていて、でもやっぱり断片的にしかとってこれないから、いろんな人が話すセリフを断片的に持ってきて、足りない部分の文章をぼくが話していたり、AIに話させたり、あるいはぼくの言葉とか、子供の声でやってみたり。ぼくがつくる物語みたいなことをしていたのですが、それが完成間近になって、なんかこれは意味がないなと、この展覧会にふさわしくない。まーそもそもあまり面白くなかったし。なんというか、ぼくがその素材を作るのはよくないなと思って。もうインタビューされたものだけでできないものなのか、じゃないとこの展覧会にそぐわないのかなって思いながら。それをいったんひいてみようと思って。次にやったのが、何度も聞きこんだそのインタビューを編集するだけ、なんども同じような言葉を並べたり、その順番を入れ替えたり、ここに二人の人がいるはずだけど四人ぐらいにしてみたりとか。そういうことで作ろうと思いました。ただ今度はそれがどこに向かっていくのか、と考える。編集はするんですけど、何に向かって編集していったらいいのかなっていう、強引な物語を提案するわけでもないし、かといって全く意味のない話をするのもなんか変だなと思って。そこで考えたのは、その話している人の背景のようなものが想像できるような音にはしたいなーと思いました。その音を話している人の背景にあるものを想像できるような作品にしたいなと思いましたね。
長尾:大名そのものについての話だけでなく、雑談的な家族の話を切り貼りされているようでしたが、それはやはり話し手の人物像が分かるようなものを使っていたということですか。
牛島:大名の話についてのインタビューで出てくるワードっていうのはだいたい似ていて、おしゃれで新しいお店がたくさんあって、頑張らないと足を踏み入れられない場所、ある人にとってはうるさいだけだったりとか、青春時代だったり、お店の話とか、古着の話。もう一つ面白いなと思ったのは時間についての言葉がよくあって、それはこのプロジェクトが終わるということもあると思うんですけど、はじまりと終わりとか「19〇〇年」とか時間が関係するワードが多いのは面白いなと思いました。
ぼくは、作るのではなく見たものを編集する人
長尾:牛島さんはほとんどこちらに来られることがないまま、集められた音だけで制作していました。これは、今回はコロナの影響で移動できないからやむなくしたという部分もあると思います。こういうかたちで作品制作ができるかどうかを試してみるという気持ちもあったと思うんですけど、現場を見られない中で制作するというのは実際いかがでしたか。
牛島:難しかったですね。音を使うこと自体が初めてだったので、全てが難しい中で試行錯誤でした。音は本当に面白いし、人の声も何回も何回も聞きました。その中でひっかかりをどこで見つけるか、どういう風に音を作品にしていけるんだろうと。やっぱり自分でひっかかるところは、その人の何かにふれたときのようなもの。(録音音声の中で)そういう話の後にはすぐ、(聞き手の)後小路先生が「今の話は牛島光太郎っぽいね」と言っていたのですが、実際そこが面白く感じていました。それってどういうところなのかなと考えると、たぶん、物悲しさのようなものがつきまとって、その人の何かにふれるようなところがみえた時。そこで編集が進むという感じでしたね。
長尾:牛島さんの作品には、その人の性格を決定づけるような過去のエピソードがよく登場するなというイメージですが。
牛島:そうですね。でも今回つくづく思ったのが、自分はゼロから作るよりは、見たものとか見た景色とか出来事とか歴史とかを、ぼくはこう見えたんだというのを、あるものをなんかこうやっていく人間なんだな、と思いました。編集っていっていいのかな、編集する人。
長尾:文章で提示する作品もいろいろあると思うんですが。「-の話」や「意図的な偶然」は、もともとエピソードはあるけど、牛島さん自身が文章を作っているんじゃないかなと思っていたんですけど。
牛島:でも、あれもやっぱり見たもので構成されています。ゼロから文章を作っているんじゃないかと言われたらそうなんですが、やっぱり見たものを編集している感覚ですね。風景画を描く人がいたとして、風景をデフォルメというか、自分の解釈のようなものにいれて描くわけじゃないですか。この風景が今回でいうとインタビューだというのがぼくの理解の仕方なんですね。現実というか事実がここにあってそれをどのように解釈するかということを考えてました。
長尾:制作途中は見られない状態でつくっていって、一度インストールした時に見て、さらに作り足した作品を含めて全てそろった状態で今日ご覧になってどうですか。
牛島:音って本当に難しいなと思いました。これ以上増やせないような感じがしました。一個一個がぎりぎり聞けるマックスだろうなと思いました。で、やっぱり音は魅力的な、今回はああいうかたちですが、別のかたちもありえるんだろうなと、なんか入口に立ったような。音の作品の制作の入り口に立ったという。
長尾:今後も音を使った作品は何かしら・・・
牛島:作りたいなーと思います。どういうかたちになるのかは分かりませんが。
長尾:一番最初の方で音と歌を作りたいというアイディアも挙げていらっしゃいました。
牛島:実はそっちを進めたいと思う。僕は歌わないですけど、僕が作ったものをだれかに歌ってほしいなと思っていますね。
長尾:それは今回の延長上にある?なんかまた話が戻りますが、最初は音と光を使う作品は作らないでおこうと決めていたけれども、途中で音を使ってみようと思ったと、そのきっかけとは?
牛島:言葉を使ってやっていこうというのを2003年の初個展の時に決めて、言葉で物語がどんなものがあるのかなと思った時に、映画と音楽、歌謡曲この二つがすぐに浮かんで、これはもうすでにあるじゃないですか、やっぱり言葉っていうのはたぶん残らないから、今話している言葉もなくなっていくので物質じゃないからすごいいいと思うんです。でそうじゃない物語の進め方ができないかなという挑戦というか物語をつくる提案のようなものをしたかったっていうのが、すごくそこをやりたいという感じ。それは今もそうですが。いろいろやれるっていうアイディアがあればやっても、おじさんになったのかな。やったらいいのかなと思うようになりました。そんなに時間もないし。なのでこれからは音も、光はまだまあ映像ですよね。とにかくまずは音をやりたいなと思っています。Jポップを。(笑)
僕は彫刻出身ですが、石を掘って、でもゼロから作るのはできなかったなーと思いますね。やりましたけどね、やってたけど、それよりもなんかいろんな粗大ゴミやさんに行ったり、リサイクルショップを回って、あれだこれだと集めてそれをちょちょっとしていく。あるものをどうするかっていうことが、物質的にもそうだったなと今話しながら思いました。
長尾:物と言葉が絶妙にリンクするような作品が多かったのかなと思います。その辺はやはり考えた上でああいう提示の仕方にしたのですか。
牛島:今回はとにかく大名で拾ったものと音ですが、そうじゃない時は僕はジャンプ率とよんでいますが、ものと言葉がなんとなくつながっているようでつながっていないようなことが好きというか、それをやりたい。それの物語の作り方をできないかなと常々考えています。
なんかやっぱり残し方なんですよね。音の作品もなんかものをぼくがひろったりとかすることも、一体これは何をしているのかなとやっぱり思うんですよね。やっぱり物がたまると。今回の編集作業もどこにむかってやってるのかなって思いながらやってるんですけど。今回に関しては紺屋や大名について話す人たちがすごくよかったので、その人たちの何かを感じられるような作品にしたいと思っていたんですよね。やっぱり残し方にぼくはすごく興味がある人間なんだなと。これを音でどう残せるのかなとか。
長尾:残し方というのは形にどう落とし込むかということですか
牛島:かたちだと思うんですよね。
長尾:話している人の声やその人の人生みたいなものをどう残すのかということですよね。
牛島:そうですね。それが赤裸々にじゃなくて、ダイレクトにじゃなくて、なんか「よく」残したいという。そこはわりと最近の発見なんです。アルティアムの個展とか「意図的な偶然」とか刺繍でやってるときは、ぼく自身のことだけだったんですけど、今は、この大名のこともそうですが、ぼくも含めたいろんな人の何もないことを物としてどう良い状態で残せるかということに関心があるんだなと思いました。
長尾:確かに初期の頃は自分自身の記憶だったりとかが中心だったのが、だんだん見聞きしたエピソードや、知らない誰かのエピソードが増えてきたような感じがします。
牛島:最初は自分のことしかできなかったですもんね。そう考えると美術作品って皆どういう風に残すって考えるんでしょうね。美術館に入れば残るのかな、どう残していけばいいのかなと思うようになりました。
ぼくが作品を作りました。で、これはぼくのことやぼく以外のいろんな人のことですってなったときに、これがどんな風に物質として、どこにどのような状態で残り得る、どこにどのような状態で残ればいいのかな、残したいと願っているのかなと思っています。後小路先生のフェイスブックで、「ビワの話」があがっていたんですが、例えばそのビワの話でいうと、先生が小さい時におじいちゃんとびわを食べて、このたねに興味があって植えた。芽が出て、それを引っ越しのたびに植木鉢で持って行って、それがどんどん大きくなって、次の引っ越しでは持っていけないほど大きくなった。結局実ったビワは食べられなかったけど次にその部屋に住んでいる人はびわを食べているんだろう、というビワの残しかた。そのビワの木の在り方って僕はすごく良いなと思ったり。今までは作ってそれをどう残せるかしか関心がなかったけど、残し方がそのことだけじゃないんだろうなと、もう少し広げて考えてもいいのかなと思いました。
長尾:もっといろんな残し方があるっていうことですか。
牛島:それは音や曲でもいいですし。残せないというのはもったいないなと。
長尾:いろんな角度から考え直すというか、いろいろいじるなかで自身の中で消化していくという作業でもあるのかなと思ったのですが。
牛島:よりよいフィクション、物語として残していくという、それをやる作業の中でぼくの中で何か消化されていく。だからだんだんそうなるとぼく自身がどんどん作らなくなっていくのかなと思います。
誰ともしゃべれなくて、ひたすら街を歩いて物を拾った
長尾:何かもし質問があればお願いします。
後小路先生:今日は音の方にわりと焦点があたった話だったと思いますが、展示品としては拾い集めた物が展示されていて、それを拾い集めるのは、どういう基準で拾い集めるのかなということと、拾い集めた展示物と音の関係というのはどういうことなのかなと、あるいはそこに別に関係性みたいなものは特になくても、大名で拾ったということなのか、その辺のことを教えて頂ければと思います。
牛島:大名で拾ったものと音の関係はやはり。どういうものを拾うかって、その人が歩いている時はポケットに入れて持ち運べるという大前提はあるけれども、物の後ろ側に誰かがいないとたぶんだめなんですね。どういう基準というのは、例えばピアスがすごく良かったり、ピアスを買ったその人となりがよく見えるし、落ちていたのはなんでだろうと思うし、その裏にぼく自身がその人を想像できる余地があるものっていうのが。ドイツにレジデンスに行っているときにぼくが誰ともしゃべれなくて、2カ月間くらい、ひたすら街を歩いて物を拾うという。手紙を拾ったらドイツ語を調べてみたり、そのコミュニケーションに近いかもですね。とにかく好きなものかということになります。展示は遊ぶような感じでやりました。鉄のものは鉄で集めるとか、大名で拾ったものの配置については遊ぶような気持ちでやりました。ただザ・大名というようなものがあればいいなと思っていたので、よくみるエナジードリンクは入れたいなとかと思って、そういうものを入れました。
後小路先生:展示されてしまうとびっくりするぐらい美しいので、こんなものが落ちているのかなと不思議な感じがするのですが、これは展示すると美しいなという美的な価値基準というのも拾う時に関係してくるんですか。
牛島:拾う時に展示できると思っちゃっている自分がいるので、やはりイヤリングとかキーホルダーとか鍵とかは反射するので、星座みたいになってきれいなので、展示を前提に拾っているところはあります。ただどう置いても綺麗になると思うんですよね。音と展示物の関係については、言葉と物の関係は展覧会の中ですごく大事にやってるんですけど、今回は大名で拾ったものと音なので、関係というよりは一緒のもの、このものたち、このビルたち、落書きされた壁たちがしゃべっているみたいなことになればいいなと思いながら。物たちが話しているという空間を作れたらいいなと思っていました。それは悪くないと、今後例えばぬいぐるみがあってそこから小さい音が出ているというのができるだろうなと、今頭で考えています。どういう風にするのかはちょっと分かりませんけど。
長尾:順番としては、音を作った後に福岡に来て物を拾ってインスタレーション。ものを拾う時にはある程度音源があるかは分かったわけですよね。
牛島:特に一番最後に増やした音は、花火みたいな音がして、花火の捨て殻があればいいですし、夏っぽいしと思って探したけどなかったですね。
長尾:風景の描写みたいなイメージもあるんですかね。
牛島:そうですね。ゴミ面白いですよ。
後小路萌子:編集の話で風景画っていう話しだったと思うんですけど、物を拾う上で牛島さんが大名に対して持っているイメージというか、牛島さんが持っているイメージを反映して拾い集められましたか。
牛島:ぼくが思う大名というのは実はゼロなんです。もともとぼくは大名を何も知らないところからスタートしてました。拾う時は本当にたくさんの人のインタビューを聞いて、作品を作った後だったので、ぼくが思う大名というよりはぼくが用意した作品に合うものっていうところで選びました。それはやたらおしゃれで新しいものがあってとかそういうもので作りました。音声で聞いた大名という土地のイメージですね。渋谷のみやした公園に去年ホテルができたんですけど、そこにコミッションワークで作品を入れたんですね。それは渋谷に僕が一週間くらい滞在して、渋谷で拾ったものとちょっとした文章を書くというような作品を入れました。この時は、ザ・渋谷というか渋谷っぽいものということで選びました。渋谷はステレオタイプのイメージしかないので、雑多でうるさくて若者の街で、それを選び作りました。
長尾:実際に街を歩いてみて、見つかったものからイメージが湧いてくるという、観察的な視点ではなくて?
牛島:どっちかな。こんなものがあるんだなと拾いながら観察するようなイメージがありますね。1週間もいりゃ本当にいろんなものが集まりました。それは本当に面白かったですね。
神様みたいに現実に手を加える面白さ
桒原:音声でこうエコーみたいに何回も繰り返す部分が入っています。それが話の本筋とは関係ない何気ないあいづちだったり、一言だったり、それが何回も繰り返されることですごく不思議な気持ちになるというか。そこがすごい面白かったなと思うんですけど、音声の編集をするときにそういう風にされた理由というか狙いをお願いします。
牛島:狙いはちょっとあれなんですけど。その面白さはぼくもすごい感じていて。音源を編集しただけなんですけれども、神様みたいで、現実に手を加えているイメージですかね。こんな風な現実がインタビューとしてあったのは間違いないですけれどもそれをぼくが勝手に切ったり貼ったり、いらないものをはずして、なんか都合のよいものにしていく、その面白みでどんどんやっていくんです。じゃあどこに向かっていくのかというのを決めるのはすごく大変でした。そのために何回も繰り返したり、馬鹿げたものにしたり、話している皆の後ろ側をこんな人かなーこんな思いだったのかなということをしようとした。なにもないかんじがいいんだろうなと思いますね。ないことを残さないでいいことをわざわざ残す方法のようなものを考えているということですね。
古賀:実際に作品を見させていただいたんですが、今回スライドにもあったみたいにクローゼットの中に植物が置かれているのがすごく印象的で、展示会場の中で唯一生き物というか、どういった経緯でこの植物を設置したのかなというのをお聞きしたいと思います。
牛島:展示中にあれは考えたことでして、意外と鉄のものを拾えたんですよね、たぶん観葉植物のまわりにさびた鉄が並んでいたと思うんですけど、意外にもああいうものがたくさんあって、それを集めるとああいうものになって面白いなと思ったけど、なんか軽やかなにしたかった、ああなんか終わる部屋、もう使われない部屋に使われない錆びたものがたくさんあると面白いと思ったけど、それじゃあんまりだなと思って、緑があった方が良いなという浅はかなものでした。それを同じところに置きたいなと思って考えたところです。大名の無印で買いました。
橋本:自分の声っていうのは、実際聞くと恥ずかしさもあるんですけど、あの展示自体は部屋に入っていろんなところから声がとびこんでくるのがすごく面白くて、けっこうじっくり聞いたりするほうがいいと思うんですけど、座って聞いているとフレーズが耳にとんでくる、本当に言葉で記憶を感じることができるということですごく面白いなと思っていました。かなうなら一日座ってきいていても心地いいというか、もともとステイという滞在制作があって、壁にその人たちの絵があったりとか、いろんなところに音を聞きながら町全体の記憶を感じながら、建物の記憶を感じるみたいな空間になっていてこんな展示をして下さって私は嬉しいなということで。1か月くらい観れる機会があるというのは、私はすごく嬉しいです。
後小路先生:橋本さんがずっとあの部屋にいたいといっていたけど、実際にずっといるとけっこうだんだん耳についてきてちょっと辛くなってしまう、受付のところにいると。その辺がやっぱり意図的に心地よい部分とむしろちょっとイライラさせるとか傷つくというかあるいはノイズみたいなものもありますよね、なんかそういう要素をいろいろ散りばめているんですよね。
牛島:そうです。プラスフォルダーとマイナスフォルダーで分けていて、それはマイナスの方が圧倒的に多くて、これ聞いた人やインタビューを使わせていただいた方がいやにならないかなと、すごく悪意をもってやっていると思われるんじゃないかと案じ、でも使った方がよいだろうという。そこは意図的ですね。
桒原:あそこで目が覚める感じがしました。
長尾:いろいろと今回の作品について考察ができたので面白かったです。ありがとうございました。これにてトークを終わりたいと思います。
生の声と現実の物体を組み込んだ四次元のコラージュ─トークを終えて
「はなしのあとのはなし」という作品は、「声」や「音」という、形がないものと「物」を、編み合わせ、空間に落とし込んだ作品だった。作品の空間に身を置くと、声や音は形が無いにもかかわらず、語られている話の内容や声色など多くの情報を含んでおり、様々なイメージが喚起された。
トークの中で牛島光太郎は、「残し方」に興味があるのだと話していた。過去の作品から今回まで一貫して行ってきたのは「残すこと」だった。思い入れのある物や拾ってきた物。それらの背景にある出来事を残す方法、あるいは記憶を物に託し、残す方法の模索を行ってきたと言い換えることができるだろう。
そのために、牛島は様々な手法を用いている。例えば《外側のかたち》では、小さなフィギュアや小石や木の枝などの物に、白いプラスチック粘土で作った触手のようなものや手足のようなものを絡ませている。これらの白いプラスチック粘土の触手は、物を良い状態で残すための「台」を作ろうとすることからできたものだと語っていた。《匿名の家》のシリーズでは物をオーガンジーで包み刺繍が施される。プラスチック粘土や刺繍は、未知の虫がうごめいているようでもあり、どこかユーモラスだ。
「残す」方法として言葉が使われることも多い。《意図的な偶然》のシリーズでは、思い入れのある物や人からもらった物と、その物にまつわる(と思われる)出来事が刺繍で綴られた布が組み合わされた作品だ。近年作られるようになった《-の話》では訪れた土地で見聞きしたエピソードが綴られた文章が、その土地で撮られた写真とともに提示される。
こうした試みを経て、今回の「はなしのあとのはなし」では、音と物を組み合わせることが試みられた。これまで牛島が使ってきた「言葉」は、記憶の中の出来事や、自分が見た景色、聞いた会話を文章にすることで抽象化されたものだった。一方、今回初めて試みた作品で素材とした「音」は、抽象化される以前の状態のものと言えるのではないか。発せられた言葉は、声色、イントネーションなど多くの情報を含み生々しさを帯びていた。生の声が文字に抽象化されることなくそのまま現実の物体や空間と組み合わせて提示されていた。
牛島は自身のこれまでの制作を風景画に例えて、風景を自分の解釈を通してデフォルメして提示していると話していたが、むしろ現実の物体を画面にそのまま組み込んだコラージュのようだった。これまでは物にまつわる記憶が、文字という二次元の記号に抽象化され、物とともに、空間に配置される三次元のコラージュだった。それが、今回の作品では、音という時間軸を含むものが、文字に抽象化されることなく加わり、四次元のコラージュになった。
これまで牛島は《組み合わせの方法》シリーズやコラージュ作品、で、物やイメージと言葉の組み合わせによる作用を探求し自在に操ってきた。今後、音や光を含む四次元のコラージュが、どのように発展されていくのか、期待してやまない。